01.19
Sun
実家の片付けで、まずは今のシーズンではない
母の夏の衣料品を保管するのに、母にひとつづつ確認をとって仕分け。
驚くことに夏のスラックスだけでも16本もありました。
私の手持ちより多い^^;
母が「着る」というものは無碍に捨てるわけにもいかないのですが、
正直言ってこのなかには、母自身が忘れていたものさえあるんです。
お家の整理をしていて、タンスの底から眠っていたものや、
日頃使っていない部屋の引き出しからでてきたものもありました。
新品なものも年数が経つと黄ばんだものもあるのでそれらは処分。


+++++

兄に言わせれば、
「極論を言うと全部捨てて買い替えてもいいと思うが、
そういうわけにもいかないので」。
(今回の片付けはリフォームを見据えてのことなので、
今までのようなモノの片付けとは少し違うこともあり)


は、あまりにも母の気持ちを無視しているのですが、
全てを母にまかせていると、あれもこれも「要る」と
言い出しかねないので、私が一緒に作業することに。

大事に着ることはとても大切なことだと思います。
まして破れていないとなると、くたびれてもなかなか処分できない。
でも年をとると、くたびれすぎたものを着ると
貧相な感じに見えなくもないです。
高い安いではなく、小奇麗にして暮らして欲しいと思うのです。

昨シーズン、いえそれ以上に何年も着ていない、
それを所持していたことさえ忘れていたもの、
そして真新しい、袖を通していないものなどを見ると、
ただやはり母の口からでる言葉はお決まりのように。

「着る(使う)から」
「まだ新しい、きれい、着られる(使える)から」
「きれいなのに手放すのはもったいない」

いやいやいや、今まで着ていないし、
あることさえ忘れていたでしょうと言うと、

「着られる(使う)かもしれない」

━━━━━━(・∀・)━━━━━━ !!!!!

でました「かもしれない」


母の言わんとすることはよくわかるのだけれど、
現在使っていないところからでてきたものは、
何年も何十年も母にとってはなくても問題なかった、
それ以上に在ったことさえわからなかったもの。
愛着あるものが所在不明でみつかったというならともかく、
母に「これは思い入れがあるもの?」と尋ねると、
答えは決まって「思い入れはない」と答えます。

要するにただただ「もったいない」という思いが強いだけ。
これは世代的に仕方がないことなのかもしれませんが、
仕舞われたまま忘れられた存在になっている方が、
やっぱりもったいないと感じてしまうのです。

これまでも着ていなかったのに、この先手持ちの洋服だけでも
十分過ぎる数を持っているのに、これらを着るとは到底思えない。

母の気持ちも考慮しつつ、
本当に今後も着られるもの、使うものを吟味して、
新しい暮らしに向けての片付けとなりました。

...つづく...



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