02.06
Fri
先日、ブロ友さんの記事に書かれていた、
ご高齢のおばぁちゃんの言葉-
「今、生前整理をしているけれど、
元気なうちにやっておけばよかった。
どうせ嫁にすてられるんだし。
持っていても仕方のないものが増えてしまって。
元気なうちに残された家族に迷惑かけたくないから」
というようなことが書かれていました。

ブロ友さんも実家の片付けをされて、
その大変さを書かれていました。

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*マンサクが咲き出しました*
春先にまず咲くから、マンサクというそうな


+++

親が亡くなって片づけるのと、
親が生きていて親の意見、意向を伺いながら、
片づけるのとでは違いがあれど、
モノが多ければ多いほど大変なことには変わらず。
処分する費用もばかにならず。
また親と衝突しながら片付けをする場合、
なかなか先に進めず頓挫したり。
時間も労力もかかるのは言うまでもなく。

長く生きていると、ひとつひとつのモノに
思い入れも深く、思い出がたくさん詰まったものなら、
簡単に処分などできない。
また、使えそうだからという理由で置いておく。
そこにつきまとう「もったいない」
はたして本当にそれがもったいないのだろうか。
勿論、まだ何かに使えるから、と置いていて、
それがたまたま役立ったということもあるでしょう。
でも大方は置いていたことさえも忘れている事が
ほとんどなのではないかと思います。
片付けをしていて「あぁ、こんなところにあったのね」
そんな言葉ででてきたり。
思い出も大事。趣味も大事。
生きてきた分たくさんあるのも当然。
でも全て持ってあの世には行けないですから-






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IMG_20150206-2759.jpg
*見れば見るほど変わった花だと思う*

うちの実家もリフォームという名目がなけれど、
相変わらず大量のモノに囲まれたまま、
実際使うモノは限られた少数だけで、
この先も変わらなかったと思います。
帰省した時に母の意向を聞き、
少しずつ片付けをしたものの、
最終的に大量の処分となりました。
直後は母も捨てたモノへの執着も多少ありましたが、
実際、なくなって困った、どうしよう・・というモノもなく。
今では、趣味のものも含めて暮らすのに、
要るもの、使うものだけとなって、
使いやすく、暮らしやすくなったと。


その母も、モノが大量にあった時でさえ、
前出のおばあちゃんのように
「残していても誰も使わないし、迷惑かけたくない」
などと言っていたんです。
いえいえ、大量のモノの処分、正直大変でした。
でも、母も正直なところ、だんだん片付けが
億劫になっていたのも事実。
徐々に片付けていけばそうでもなかったのだと思います。
だから、自分のための老前整理が必要だと私は思っています。
(生前整理や遺品整理が家族のため)
モノに溢れてどれから着手すればいいのかさえも
考えるのが面倒になったりして、
誰か(子供)に片付けてもらうのは、
助かるという気持ちも本音。
でも、捨てられることにも未練があるのも本音。
その気持ちのせめぎあいみたいなものも
あったと思います。

家族のため・・だけでなく、
自分自身のために。
安全且つ快適に暮らせられること-
大事だと思ふ。


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