06.03
Wed

いつか、使うかもしれない-
と思って、使わないものだと思っていても、
なかなか捨てられない理由のひとつに、
この言葉が挙げられると思います。
ですが、その殆どはやってこないと思っています。
実際、今まで断捨離してきても、
(もちろん処分するときは、グレーゾーンのものも含めて、
気持ちの決着をつけ、納得したたうえで処分しますが)
譲るも含めて、捨てるという行為にチクリと
心が痛むことはあっても、
捨てて後悔したってことは・・・まぁ、ないに等しい。
何か使おうと思っていたものが、なくて、
あの時捨ててしまったんだ・・・とちょっぴり、
捨てなきゃ良かった、と一瞬思うことはあったとしても、
そういうものは大抵、なんとでもなるモノだと思うのです。
その確率はすごく低いと思うし、
忘れているほどのモノなら、
それほど自分にとってたいしたモノではないということ。

+

今あるものは大事に使いますし、好きなものは、
できるだけ長く手元に置いておきたいと思っていますが、
壊れたときの諦めも潔くなったかなと思います。

食器で例えるなら-
気に入った食器、割れたら嫌だから特別な時だけ使う、
それ以外はほとんど仕舞いっぱなし。
そりゃ、割れる確率も少なくなります。
毎日使っていると割る確率も高くなるけれど、
好きなものなら、日々目にふれていたいし、
使って美味しくごはんを頂きたい-
と私は思っているので、前にも書いたとおり、
特別枠は設けず、ふだんの暮らしにばんばん使います。
なんだかんだいっても、モノは代わりがあるから-
そう思うと気楽。割れたらわれたとき。
残念な気持ち、悲しい気持ち、惜しい気持ちは、
当然生まれても、いつまでも引きずりっぱなしということは、
ないからね。いつしか忘れてしまうもの。
それが人間だから-


IMG_20150603-0538.jpg
ブラシの木
季節の花はいっときだけれど、
その儚さがより心を揺さぶられるのかなぁと、つくづく思ふ。




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comment 4
コメント
ココリンさん、こんにちは。
「確かに!」と今日の記事を読んで声が出ちゃった(^m^)
食器って「割れたら処分しよう」って思うけど、気に入らない食器は使わないので割れるはずも無く・・・いつまでも・・・だよね。
引越しで随分と処分したんだけど、まだまだグレーゾーンの物もあって。
以前より狭くしまう場所がないキッチンなので、正直全部収まらなくてまだひと箱ダンボールに入ったままの物もあるの。
無くても暮らせるなら必要ないよね。
処分しよう!(笑)

梅の季節だね~。
私も仕込まないとなぁ~。
shizuku | 2015.06.03 09:09 | 編集
shizukuさんへ

こんばんは。

割れないでずーっとあるのって、
使う頻度が少ないか頑丈なものか、って。
グレーゾーンのもの、って落ち着かないと、
まだまだってところありますね。
新居に移られてまだまだ日も経ってないので、
ゆっくりのんびり選別されてもいいのではないでしょうか。
なくても暮らせるならそれはshizukuさんちには、
もう要らないものなのかもしれませんねー。

梅の季節がやってきましたね。
梅園が開いたら早々に梅もぎに行かねばと思っています♪

ココリン | 2015.06.03 17:59 | 編集
季節の花はいっとき・・・
本当にそうですねぇ 桜がその代表とすぐ思い浮かぶけれど、他の花だって同じですよね。
四季のある国に生まれ、暮らせる喜びは深いものです。
これからは紫陽花ですね。

私もふだんに好きな器を使っています。
お客様用はないのですが、結婚するときに買ったノリタケの食器は記念日用なんです(笑い)
あと3年で30年になります、夫婦の歴史と同じ、ちょっとアンティークに近づくかなぁ?
きこ | 2015.06.04 15:08 | 編集
きこさんへ

そうですね、桜、菖蒲、紫陽花、蓮へと続きますね。
四季がある日本だから、その季節の花を楽しみたいですね。
先日の紫陽花から数日から経っていないのに、
すっかり満開になった紫陽花もまた見つけました。

思い出の食器があるって素敵ですね。
30年近くともにした食器は愛着もあって、
使う年ごとに思い出が詰まっていきますね(*^^*)
ココリン | 2015.06.04 20:41 | 編集
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