07.01
Fri
                                                                          
人は誰でも平等に年をとって、
いつかは寿命がきます。
長寿国といわれるようになった日本ですが、
それにともなって、抱える問題が増えているのも事実。

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親の老い、またいつか自分も老いることは、
避けられないことです。

気になった詩がありましたので、
一部ですが抜粋します。
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親の「老い」を受け入れる

老いるということ
親が老いていくということ
それは、何度も同じ話しをするということ
何度も同じことを訊ねては、
あなたを苛々させるということ

親が老いていくということ
それは、自信がなくなるということ
自信がなくなるけれど、
子どもにだけは強がっていたいということ





親がおいていくということ
それは、もう生きているのは嫌
早く死にたいと言い出すということ
だけどあなたに迷惑をかけたくない気持ちと
裏腹かもしれないこと




親が老いていくということ
それは、言葉が咄嗟に
でなくなってくるということ
言葉がでなくなっても、
心の中に想いはちゃんとあるということ





親が老いていくということ
それは、萎んでいくこと
小さくなっていくということ
小さくなって軽くなって
それでもあなたの親であるということ





親が老いていくということ
それは、うとうととする日が
多くなってくるということ
この世とあの世の境目が少しずつ
曖昧になってくるということ


親が老いていくということ
それは、命の仕舞い方を、
あなたに教えてくれているということ
あなたもいつかこうなるのだと
それは最後のプレゼント

医師、長尾和宏さんの詩より抜粋、引用いたしました。

全ての詩をご覧になりたい方は
朗読でコチラからご覧いただけます。


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読み終えて深く深く心に残りましたが、
上手く言葉に残すことができません。
m(_ _)m



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IMG_20160701-4918.jpg

紫陽花もだんだん色褪せたり、
枯れてくるものもでてきました。
梅雨の時のうっとおしさを、
少なからず和らげてくれた紫陽花に感謝。

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いつの頃からかだろうか-
親から怒られる立場から、
逆に親にエラソーに言ってしまう自分。
そんなに偉くなったのかい?
って冷静な時には思えるのだけれど、
ふとしたことで、歯がゆさだったり、
苛立ちだったりで、
いつになく強い口調で言ってしまったり。
後になって自己嫌悪。
いつのまにか、言葉を飲み込んで柔らかく、
どういえばわかってもらえるか、
言い方をあれこれ考えるようになった。

また、親と同居している場合と、そうでない場合の
きょうだい間での微妙な感じ方の違いで起こる問題等々。
親の愚痴、きょうだいの愚痴を聞いて、
それぞれの言い分がわかるだけに、
どちらの味方になることもできないジレンマ。
どちらもが穏やかに暮らせるように、
思案しながら、足掻きながら、
自分ができることを模索する・・・。

老いるって、
自分もいつかとおる道、
ひとごとではないんですよね・・。

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