07.15
Sat
                   
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亡くなった祖母の家同様、
かつての実家もモノが溢れていました。
モノのない時代に育った世代は、
使えるものを捨てるということはハードルが高く。
なので片付けが難航することもあります。
祖母の場合は、祖母の死後、おうちの片付けをしたので、
捨てる、捨てないで意見が対立するということはありませんでした。
けれど、箱に仕舞われたままのまっさらなモノでも、
時が経って色あせが激しかったりして、
使えないということで処分せざるを得なかったものも多々ありました。
新しいものがあるのに、破けていない、まだまだ使えるからという理由で、
おそらく新品をおろさなかったのでしょう。
片付けていた母が、祖母が使わないままにしていたことを嘆いていました。
けれどその母も、自分の持ち物は同じように仕舞い込んでいました。
おうちのリフォームがなければ、今も箱に仕舞われたままのモノが
溢れていたと思います。片付けるきっかけがあったことで、
否が応でも片付けなければならず、
要、不要の判断をしなければなりませんでした。
でもその過程で、仕舞った本人でさえ忘れていたものがあり、
仕分け作業ということも億劫になっていました。
年をとってからの整理は体力的にもしんどく、
めんどくさくなったのも事実でした。

そういうのを目の当たりにすると、
精神的、体力的に衰える前から、
暮らしを整えておきたい、と、
よりいっそう思うようになりました。

とはいえ、私も気づかなかった時は、
やっぱり祖母や母と同じように
たくさんのモノに囲まれていることが幸せだと思っていました。
大事なものは(特に大枚はたいて買った物は) 使うのがもったいない。
だから特別な時だけ・・・ふだんに使うのはもったいない。
なのでそれ以外は大切に仕舞って、大事にしているつもりでした。
ほんとはそんなの大事にしてるって言えないのに。
しかも、たくさんあっても使いやすいものはほぼ決まってくる。
どうでもいいものが増えてきても捨てない、いや捨てられないから、
溜まっていく一方。負のスパイラル。
でも当時はそのことに気付かず。
ただただ執着心の塊でした。

断捨離に出会い、片付けに目覚めて、
手放したことで見えてきたこと、
どう暮らしていきたいか-
我が家は夫婦ふたりなので、
子供に託すということもできないので、
いざその時になって・・・ではなく、
身の振り方も考えておかねばなりません。
互いが病気になったりして、
何がどこにあるかわからず、
オタオタしないようモノの場所をわかりやすくすること。
(まぁ、これはほぼ夫に言えることなんですが)
どちらかがどうなっても、片付けで大変な思いをしないように、
モノを迎える時は慎重に、不必要にモノを入れない。
自分たちの今の暮らしを大切にしていきながら、
心地よい暮らしをしていきたいと思っています。


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